浄楽寺の不動明王(運慶展)
2017年10月25日

浄楽寺・不動明王立像

(浄楽寺・不動明王立像 運慶展図録より)

 

運慶展に行ってきました。

初めてお会いする仏さまと何度目かになる仏さまと色々でしたが、なんだかんだで横須賀・浄楽寺のお不動さまにはやはり惹かれました。このお不動さまには浄楽寺や金沢文庫での運慶展でもお会いしてますけど、とても素敵です。

 

どんなところが?って言われると、「本人感」があるというところでしょうか。初めてお会いしたとき、「あー、これは本人だわ……」と感じました。不動明王の像っていうより不動明王ご本人。運慶はお不動さまに実際に会ったんだなって思ってしまうくらい。具体的に言うと、その表情です。不動明王というのは当然、怖い顔をしているわけですが、その怖い顔ってただの怒りじゃないんですよね。相手が憎くて怒っているとかそういうことじゃないんです。仏さまなのでこれも当然ですが。怖い顔をするために怖い顔をしてるわけじゃない。じゃあなんなのかっていうと、これは「真剣」なんです。なかなか言うことを聞かなかったり、なにかと道を踏み外してしまいそうになる私たちのことを、なんとかして救おうとそれこそ必死になっている。その「結果として」こんなにも怖い表情に見える。だから怖いようでいて、実は深い慈悲のあらわれなんですね。

とはいっても、「ただただ怖い」ように見える不動明王像もわりとあったりして……。上で述べた「怖い顔をするために怖い顔をしてる」ような。それだとちょっとお不動さまのイメージとは違ってくるんですが、この浄楽寺のお不動さまは「真剣」>「怖い」なんです。それも、一方的に真剣というわけじゃない。どういうことかというと、「こっちの話を聴いてくれてる」感がすごいんです。もう本気で耳を傾けてくれています。

 

お不動さまに向き合うときには、悩みとかまあいろいろあると思うんですけど、そういったことを打ち明けて、それに対して全力で「わかるで……!!」と言ってくれている感がすごいということです。ただ一方的に救おうっていうのではなくて、(勝手な)こっちの言い分を汲んでくれた上で、「それなら…」とアドバイスしてくれるような感じ。共感してくれてるんですね。ライトに照らされた玉眼は涙ぐんでいるようにさえ見えます。

お不動さまがこんな様子だったら、全力で打ち明けるじゃないですか。

お不動さまの慈悲深さっていうのはこういうことかと、勝手に感動してしまう、そんな不動明王像っていうかお不動さまなんですね。目尻のシワなどからも力強いやさしさがにじみ出ています。

運慶の不動明王というとどちらかといえば願成就院の像のほうが有名な気がしますが、そういうわけで個人的には浄楽寺像にぐっとくるんです。本人なので。

まあそんな風に、誰にでも「本人だわ……」と感じられる仏さまがいらっしゃるのだと思います。「出会う」ときというのは「像」を超えて、私と仏さまと、一対一なんじゃないでしょうか。