浄瑠璃寺の十二神将(運慶展)
2017年10月30日

(浄瑠璃寺伝来・十二神将立像『辰神』 運慶展図録より)(浄瑠璃寺伝来・十二神将立像『辰神』 運慶展図録より)

 

運慶展の話その2です。せっかくなので浄楽寺のお不動様以外にも印象に残った方について書いておこうと思います。なにしろ「運慶展」なので、「すっげえ……」てなる方ばっかりなんですが、浄瑠璃寺伝来の十二神将についてです。いかにも慶派という感じの精緻な造形ながら、重苦しさはなくスマートで軽やかな印象の方々ですね。表情、体勢、甲冑のデザイン等もそれぞれ違っていて見応えがあります。


今回、この十二神将像が出展されると聞いて嬉しかったんですよ。というのは十二神が勢揃いするからです。普段は勢揃いしてないんです。像は元々京都の浄瑠璃寺にあったそうですが、明治期にいろいろあってお寺から持ち出され、現在は「辰神」「巳神」「未神」「申神」「戌神」の5躯が東京国立博物館、「子神」「丑神」「寅神」「卯神」「午神」「酉神」「亥神」の7躯が静嘉堂文庫美術館の所蔵となっています。東博では常設展でときどき5躯が出展されていますが、静嘉堂文庫のほうではほとんど会うことができないというのが現状なんですね。(静嘉堂文庫の神将像のうち4躯は2016年に修理の上公開されました)


それが今回、42年ぶりに一堂に会するというじゃないですか……。やはり十二神将は揃っていてこそ。きっと十二神将たちも、久しぶりの再会を喜んでいることでしょう。

 

で、私はそもそも「十二神将」というチームががとても好きなんですけど、それは見ていて「楽しいから」なんです。なぜ楽しいのかというと、なによりも十二神将自身が楽しんでいるように感じられるからかもしれません。

 

十二神将と同じような武将形の群像では「四天王」も挙げられますが、四天王はそれほど見た目に違いがないことが多いんです。そして四天王は十二神将に比べるとちょっと「真面目」です。どの四天王像も、わりとお決まりの威嚇ポーズで、黙々と職務をこなしているような印象を受けます。それはそれでかっこいいですけど。一方で十二神将はちょっと余裕があるというか、けっこう自由だったりするんですよね。四天王はメンバーそれぞれが「どうやって世界を守ろうか」とか考えてそうなんですけど、十二神将は「今日の夕飯何食べよう」とか「このポーズどう?」とかそんな感じで。性格も趣味嗜好も様々でありながら、それぞれが仲良くやっているような雰囲気にとても惹かれるんです

 

いろいろな十二神将像の中には十二神それぞれの違いがあまり見られないものもあったりしますが、それぞれのキャラが立っている方々に出会うと、やはり楽しいですよね。あれこれ想像が膨らんで。その点からいっても、この浄瑠璃寺の方々は個性派揃いで素敵です。

 

敵を睨みつけ今にも抜刀する体勢をとる辰神(画像の方)、髪を右側に流すという独特すぎるヘアースタイルの巳神、頬杖をついて考えごとをしているような午神など、それぞれが思い思いの恰好をして、思い思いに振舞っています。また各神将の表情がどことなく頭上に乗る干支の動物を想起させるように造られている点も面白いです。これは申神なんか特にそうですね。どの像も洗練されていますが、ややコミカルでユーモラスな、親しみやすい十二神将だと思います。全体的に陽気というか。

 

ちなみに、十二神将像の姿かたちというのは色々なパターンがあって、その組み合わせはかなり多様なんですけど、浄瑠璃寺像は「定智本」にある姿とかなりの度合いで対応しているようです。定智本というのは12世紀の絵仏師である定智(じょうち)が唐本から写した十二神将の図像のことで、十二神将像造立にあたっては当時よく参考にされたのだとか。有名どころでは興福寺の十二神将像なども定智本に基づいています。興福寺像と浄瑠璃寺像を比べてみると似たポーズの方が多くいたりして面白いですね。

 

それと作者については一時「運慶かも?」と話題になったようですが、昨年、像を修理した際に像内から運慶の没年から5年後にあたる「安貞二年」と記された墨書が見つかり、現在は「やっぱり運慶じゃないかも?」という流れになっているということです。しかし何かしら関わった可能性はあるかもしれません。

 

展覧会終了後はまた東博組と静嘉堂文庫組で別れてしまうのは残念といえば残念ですが、現存してくれているだけでもありがたいことですね。機会があれば、はんこ化とかできたらいいなと思います。