新ブログ
2018年6月18日

このブログだとスマートフォンから見づらかったりして色々とやりづらいので、新たにブログを作りました。

 

nihhiのブログ

 

特になにを書こうってわけでもないですが、なんかあったら書きます。お知らせ的なことも書いていこうと思います。そのうち絵なんかも載せていくかもしれません。とりあえず見やすくていいんじゃないかと思います。よろしくお願いいたします。


興福寺南円堂の四天王(運慶展)
2017年11月12日

image1 (10)(興福寺南円堂・持国天立像 運慶展図録より)

 

運慶展の図録を見ていたら、「うわかっこいいな…」という写真があって、ブログに載せたくなったので書くことにしました。

 

そういうわけで興福寺南円堂の四天王なんですけど、写真の方は持国天ですね。どうでしょうか。かっこよすぎませんか。南円堂ではだいたい年に一度の御開帳のときくらいにしかお会いできない方々です。私も一度南円堂でお会いしているんですが、今回の運慶展ではそのとき以上の凄まじい威圧感を放っていたような気がします。

 

まず、でかいですよね。いい具合にでかい。2メートル前後です。これは本人感がありますよね。個人的に、この人間よりちょっと大きいくらいっていうのが「それっぽい」と感じます。十二神将像とかだと1メートルくらいのものが多いですが、四天王像はたいていそれよりも大きく造られますから、やはり本人感が出やすいですね。

 

多聞天は高くかかげた左手の宝塔を見上げる姿勢をとりますが、こんなにも動いてる多聞天って珍しいんじゃないでしょうか。躍動感が尋常じゃない。宝塔をかかげる多聞天といえば東大寺戒壇院の像も思い浮かびますが、南円堂像はよりダイナミック、それでいて動きが柔らかいです。運慶をはじめとする慶派仏師は力強い天平彫刻をリスペクトしていたようなので、当然戒壇院像も参考にしたのでしょう。しかしそれをただの模刻でなく、さらに大胆にアレンジできてしまうのがすごいですよね。

 

増長天は他のメンバーに比べるとオーソドックスな威嚇姿勢で、写真で見てもそれほど印象的でない気もするんですが、会場で目の前に立つとやはり違います。こちらを見下ろす増長天と視線が合うような位置に立つこともできましたが、改めてその表情の素晴らしさに見惚れましたね。怒ってるんですけど、誇張しすぎてなくて品があります。

 

広目天は四体の中ではあまり目立たないかもしれません。広目天といえば「筆と巻物を持つ」という印象が強いですが、南円堂像は戟を持っているので、増長天とイメージがやや重なりますね。(筆と巻物は古い年代の広目天像に多いようです)本などで見る写真は、体を正面から撮り顔が右向きになっているものばかりなんですけど、このアングルはあまりかっこよくない気がします。今回、顔を正面からまっすぐ見てみたらすごく決まっていたんですよ。このアングルは図録にも載ってなかったんですが、ぜひ何かに掲載してほしいと思いました。

 

で、最後に持国天なんですけど、この方がもっとも「うわ……」ってなりますね。なんでしょう、他の三体とは雰囲気が異なります。剣を持つ右手を上げ、剣先は下に向けて左手を添えるという独特な姿勢なんですけど、動的でありながら静的でもあるというか。揺らめくような、くねらせた体からは今にも一撃必殺の剣技が発動されそうだし、うつむき加減で前を見ていない表情も、すべての敵の動きを察知しているかのように見えます。他のメンバーは「決めポーズ感」があるんですけど、持国天だけは臨戦態勢。緊張感のみなぎり具合が数段上だと感じます。右手の剣に左手を添える持国天というのは、やはり戒壇院の像や、他にも唐招提寺の像などに見られる造形ですが、この南円堂の方から発せられる手練れ感といったらまあすごいですよね。

 

以前からかっこいい四天王だとは思っていましたが、今回の運慶展ではライティングなどの影響もあってか息をのむ迫力でした。なんとなく、天部像って展覧会映えしやすいかもしれませんね。如来や菩薩より存在が具体的で、より「カタチ」性が強いというか。そんなことを思いました。

 

 

 

 


浄瑠璃寺の十二神将(運慶展)
2017年10月30日

(浄瑠璃寺伝来・十二神将立像『辰神』 運慶展図録より)(浄瑠璃寺伝来・十二神将立像『辰神』 運慶展図録より)

 

運慶展の話その2です。せっかくなので浄楽寺のお不動様以外にも印象に残った方について書いておこうと思います。なにしろ「運慶展」なので、「すっげえ……」てなる方ばっかりなんですが、浄瑠璃寺伝来の十二神将についてです。いかにも慶派という感じの精緻な造形ながら、重苦しさはなくスマートで軽やかな印象の方々ですね。表情、体勢、甲冑のデザイン等もそれぞれ違っていて見応えがあります。


今回、この十二神将像が出展されると聞いて嬉しかったんですよ。というのは十二神が勢揃いするからです。普段は勢揃いしてないんです。像は元々京都の浄瑠璃寺にあったそうですが、明治期にいろいろあってお寺から持ち出され、現在は「辰神」「巳神」「未神」「申神」「戌神」の5躯が東京国立博物館、「子神」「丑神」「寅神」「卯神」「午神」「酉神」「亥神」の7躯が静嘉堂文庫美術館の所蔵となっています。東博では常設展でときどき5躯が出展されていますが、静嘉堂文庫のほうではほとんど会うことができないというのが現状なんですね。(静嘉堂文庫の神将像のうち4躯は2016年に修理の上公開されました)


それが今回、42年ぶりに一堂に会するというじゃないですか……。やはり十二神将は揃っていてこそ。きっと十二神将たちも、久しぶりの再会を喜んでいることでしょう。

 

で、私はそもそも「十二神将」というチームががとても好きなんですけど、それは見ていて「楽しいから」なんです。なぜ楽しいのかというと、なによりも十二神将自身が楽しんでいるように感じられるからかもしれません。

 

十二神将と同じような武将形の群像では「四天王」も挙げられますが、四天王はそれほど見た目に違いがないことが多いんです。そして四天王は十二神将に比べるとちょっと「真面目」です。どの四天王像も、わりとお決まりの威嚇ポーズで、黙々と職務をこなしているような印象を受けます。それはそれでかっこいいですけど。一方で十二神将はちょっと余裕があるというか、けっこう自由だったりするんですよね。四天王はメンバーそれぞれが「どうやって世界を守ろうか」とか考えてそうなんですけど、十二神将は「今日の夕飯何食べよう」とか「このポーズどう?」とかそんな感じで。性格も趣味嗜好も様々でありながら、それぞれが仲良くやっているような雰囲気にとても惹かれるんです

 

いろいろな十二神将像の中には十二神それぞれの違いがあまり見られないものもあったりしますが、それぞれのキャラが立っている方々に出会うと、やはり楽しいですよね。あれこれ想像が膨らんで。その点からいっても、この浄瑠璃寺の方々は個性派揃いで素敵です。

 

敵を睨みつけ今にも抜刀する体勢をとる辰神(画像の方)、髪を右側に流すという独特すぎるヘアースタイルの巳神、頬杖をついて考えごとをしているような午神など、それぞれが思い思いの恰好をして、思い思いに振舞っています。また各神将の表情がどことなく頭上に乗る干支の動物を想起させるように造られている点も面白いです。これは申神なんか特にそうですね。どの像も洗練されていますが、ややコミカルでユーモラスな、親しみやすい十二神将だと思います。全体的に陽気というか。

 

ちなみに、十二神将像の姿かたちというのは色々なパターンがあって、その組み合わせはかなり多様なんですけど、浄瑠璃寺像は「定智本」にある姿とかなりの度合いで対応しているようです。定智本というのは12世紀の絵仏師である定智(じょうち)が唐本から写した十二神将の図像のことで、十二神将像造立にあたっては当時よく参考にされたのだとか。有名どころでは興福寺の十二神将像なども定智本に基づいています。興福寺像と浄瑠璃寺像を比べてみると似たポーズの方が多くいたりして面白いですね。

 

それと作者については一時「運慶かも?」と話題になったようですが、昨年、像を修理した際に像内から運慶の没年から5年後にあたる「安貞二年」と記された墨書が見つかり、現在は「やっぱり運慶じゃないかも?」という流れになっているということです。しかし何かしら関わった可能性はあるかもしれません。

 

展覧会終了後はまた東博組と静嘉堂文庫組で別れてしまうのは残念といえば残念ですが、現存してくれているだけでもありがたいことですね。機会があれば、はんこ化とかできたらいいなと思います。